霊柩車のご商談で佐賀県唐津市に寄せて頂いた時の1枚です。

四季を通じていろんな表情を見せてくれます。私的には桜満開の季節と紅葉の季節が一番だと思います。
また、ここから隣の町(呼子)には新鮮なイカの活造りを堪能できる名店が沢山あります!

003唐津城

唐津城(からつじょう)は、佐賀県唐津市東城内にあった城である。別名は、舞鶴城(まいづるじょう)。
文禄4年(1595年)豊臣秀吉の家臣・寺沢広高がこの地に封ぜられた。広高は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは東軍方につき、肥後国天草郡4万石を加増され12万3千石の外様大名となった。慶長7年(1602年)より本格的な築城を行い、慶長13年(1608年)に完成した。築城に際し東唐津側と地続きであった満島山を切り離し、松浦川がそこから唐津湾に注ぐよう流路を変更した。また、秀吉の死後、廃城となっていた名護屋城の遺材を使用し、九州各地の諸大名の助力を得て築城した。柳川堀、佐賀堀、肥後堀、薩摩堀など普請に協力した大名の領地名が堀の名に残されている。
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